藪塚温泉(やぶづかおんせん)は、群馬県太田市にある温泉

藪塚温泉(やぶづかおんせん)は、群馬県太田市にある温泉。やぶ塚温泉、薮塚温泉とも称される

ソース画像を表示
  • 広告

天智天皇の時代に行基上人により発見されたという古い歴史が、こじんまりとした温泉街になんともいわれぬ深みを感じさせる「やぶ塚温泉郷」。義貞が鎌倉攻めの折り、傷ついた兵をここで療養させたことから「新田義貞の隠し湯」とも言われています。ゆったりとした丘陵の中、周囲にはまだ豊かな自然が残り、その空気感が醸し出すのは、数々の歴史や伝説の面影。

千年以上も絶えることのない豊富な湯量に加え、無色透明のさらっとした重曹泉は肌をすべすべにし、また肝臓の働きを活発にすることから肝臓の湯とも言われ、女性にも男性にも嬉しい効能を持つのが魅力的。

温泉街には、温泉神社や「木枯紋次郎」で有名な三日月村、スネークセンターなど数多くの史跡や名所が点在。新田荘を探訪した際には、ぜひ立ち寄りたい温泉です。

ソース画像を表示

泉質

泉質はメタケイ酸及び炭酸水素ナトリウム。湯の入、滝の入、西長岡の三つに源泉がある。

ソース画像を表示

温泉街

5軒の旅館が存在する。うち、温泉を利用しているのは3軒である。

ソース画像を表示

歴史

その昔「湯の入り」と呼ばれる薮塚の地に、里人が小さな社の岩窟から湧き出る湯を病を治す湯治場として使っており、この妙湯に馬が飛び込み一声高くいななくと雲と雨を起こして天に舞い上がった。以来、冷泉に変わっていたが、村の老人の枕辺に薬師如来が現われ「この水を沸かせば、万病に効く霊泉となる」とお告げがあったという伝説が残る。天智天皇の御代行基上人により開いたと伝えられ、また新田義貞が鎌倉攻めの折、傷ついた兵士を湯治させたと言われている。そのため新田義貞の隠し湯と呼ばれている。

正式な開湯時期は不明だが、正中年間(1324年1326年)発見と伝えられ、元文年間(1736年1741年)に河内六郎平が官許を得て営業を始め、天明文化の頃に殷賑を極めたが、文政期に衰退した。明治初期には今井弥造、伏島今近蔵らが再興し、明治10年代には年間来客数が1万512人、末期には10万人に達した。1942年から1945年までは中島飛行機の社員寮となっていた。

2004年に発生した一連の温泉偽装問題で、温泉地内の一部旅館の温泉表示が問題視されたことがある。これを機に温泉を使用している「温泉旅館」と、そうでない「観光旅館」との区別が明確化された。2007年3月1日清水聖義太田市長(当時)による「偽温泉」発言が波紋を呼び、陳謝する事態となった。

  • 広告
ソース画像を表示

交通アクセス

ソース画像を表示
所在地群馬県太田市藪塚町
交通鉄道 : 東武桐生線藪塚駅(特急・りょうもう停車)より徒歩約15分
車 : 北関東自動車道太田桐生ICより約15分
太田藪塚ICより約10分
泉質含炭酸重曹泉
泉温(摂氏15.3C
湧出量112.6ℓ/min
液性の分類アルカリ性
宿泊施設数5件(2020年)
年間浴客数801,000。年間入込客数92,400(宿泊客55,200、日帰り客37,200)
統計年1986年
  • 広告

コメント