由布院温泉(ゆふいんおんせん)は、大分県由布市にある温泉

由布院温泉(ゆふいんおんせん)は、大分県由布市(旧国豊後国速見郡)にある温泉。由布岳(標高1,584m)の麓に広がる温泉地である。

温泉湧出量、源泉数ともに全国2位の豊富な湯量を誇る。1959年5月5日に湯平温泉とともに「湯布院温泉」として国民保養温泉地に指定され、2019年10月4日には、由布市内の塚原温泉庄内温泉挾間温泉を含めた「湯布院温泉郷」として拡充指定された。

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概説

かつてはひなびた温泉で団体観光客向けの大型ホテルや歓楽街は整備されていなかったが、それがプラスに転じた。

昭和40年代から町ぐるみで毎年夏に映画祭や音楽祭を開催し、歓楽色を排して女性が訪れたくなるような環境整備を続けてきた。バブル期の大型開発計画には適正な規模や景観を守るため抵抗。人気の過熱が続く現在も、温泉のあり方についての模索が続いている。

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泉質

温泉湧出量は全国2位の量である。源泉の数は852本存在し、これは別府温泉に次いで全国第2位である。

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温泉街

由布院駅から温泉街の方向に延びる通称「由布見通り」や、そこから金鱗湖(きんりんこ)に続く「湯の坪街道」(ゆのつぼかいどう)には、しゃれた雑貨屋やレストランが並び、周辺には各種の美術館が点在する。この付近は近年商店の出店が激しく、2006年1月現在のこの近辺の地価は、人口10万人以上の大分市別府市に次いで、大分県内で3番目となっている。このことからも温泉街のにぎわいの様子が見て取れる。

各宿泊施設はにぎやかな町並みから外れた周辺の川端や林の間、丘の上などに点在している。湯量が豊富で広い範囲で湯が湧くため、旅館が一箇所に集積する必要が少なかったことから、一軒の敷地も比較的広く、町の造りはゆったりとしている。しかも開発規制により高層の巨大旅館・ホテルもなく、田園的な名残を残している。なお、ネオンサインの煌く歓楽街は無い。また、このようなまちづくりに深く関わってきた由布院玉の湯亀の井別荘をはじめとして高級旅館が多い。

このような特徴から、由布院温泉は、数多くの調査で九州の温泉の第1位に選ばれている [5] [6] [7] 。連休には多くの人が訪れ、湯の坪街道には人があふれる。昭和の大規模温泉街に多く見られた歓楽性を極力排しており、女性に特に人気が高い。逆に、そうした客層を目当てにした外部資本の観光・土産物業者が進出してきており、田園的な雰囲気を損ねているとの指摘がある。

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共同湯

豊富な湯量のおかげで安価な値段で入浴できる共同温泉も多い。金鱗湖脇には一般客も入浴できる簡素な下ん湯(したんゆ)がある。その他に土地の人だけが利用できる共同温泉が各所にある。

特徴

由布岳駅前から温泉街への方向の正面には由布岳が見え、町のランドマークとなっている。霧山間の盆地特有の朝霧が、独特の雰囲気をかもし出す。朝霧は、冬季で気温が低く、放射冷却の起こりやすい晴天の日の朝によく見られる。盆地のすぐ東には標高1160mの倉木山があるため、盆地に朝日が届いて霧が晴れるのは下の写真のように周辺が明るくなってからである。

冬の朝、やまなみハイウェイの狭霧台から見下ろした湯布院盆地を覆った朝霧

上の写真から30分経って、盆地に朝日が差し込むと霧が徐々に晴れてくる

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歴史

古くは豊後国速見郡に点在する別府十湯の一つに数えられていたが、大正時代の行政区画の変更により塚原温泉とともに別府十湯から外れた。その結果、別府温泉は現在の別府八湯の形となった。

大正時代

由布院観光の始まりは逓信大臣・元田肇と関係を大きく築いていた南由布村豪商・小野金三郎による

別府―由布院間の幹線道路の開通と大湯鉄道の建設により交通網の充実により湯布院温泉の礎となった。

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アクセス

鉄道利用

バス利用

路線バス

高速バス

  • サンライト号(長崎 – 大分)ノンストップ・各停。
    • 湯布院インターで下車。そこから約100m先の「道の駅ゆふいん」停留所より路線バス(ただし本数はかなり少ない)、またはタクシー、約3km。
  • ゆふいん号(福岡 – 湯布院・別府)全便。
  • 空港リムジン(大分空港 – 湯布院)全便。
    • 以上の便は由布院駅前バスセンター(由布院駅より約100mの位置)で下車、すぐ。
  • 九州横断バスくじゅう号(熊本 – 別府)全便。
    • 以上の便は湯布院(由布院駅より約700mの位置・亀の井バス「湯布院営業所」隣接)で下車、すぐ。

高速道路利用

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