神奈川県足柄下郡箱根町にある温泉・底倉温泉(そこくらおんせん)

底倉温泉(そこくらおんせん)は、神奈川県足柄下郡箱根町(旧相模国)にある温泉。宮ノ下温泉の西隣に位置し、八千代橋から蛇骨川に沿った深い谷にある蛇骨湧泉群を源泉とする。中世の昔から隠れ湯として知られ、江戸時代より痔疾などに効能がある 名湯として箱根七湯のひとつに数えられた。昭和の頃までは3軒ほどの温泉宿があったが、2014年現在は1軒だけである。

歴史

江戸時代後期に書かれた『底倉記』によると、脇屋義助の孫・新田義則(義隆とも)が南朝再興のため挙兵し敗れた際に、底倉の木賀彦六左衛門を頼って潜伏中、応永10年(1403年)に打ち取られたとあり、当時より温泉があったことが伝えられている。『相州文書』によると、天文14年(1545年)には、湯治中に村人を使役に使うことを禁じるお触れ(湯治禁制)が後北条氏より出されている。また、天正18年(1590年)の秀吉小田原攻めの際には夜営地となり、伊達政宗が幽閉されたと言われている。

文化年間1812年の『箱根七湯の枝折』には、蛇骨沢湧泉群では沸騰点に近い弱食塩泉が大量に湧出し、口に含むと塩気がするとある。天保13年(1842年)の「箱根七湯図」には、湯宿として、 萬屋(孫左衛門)、梅屋(又左衛門)、蔦屋(平左衛門)、仙石屋(丈助)の4軒が挙げられている。宿は蛇骨川に沿って八千代橋方向から萬屋、梅屋、蔦屋、仙石屋と並び、1881年(明治14年)の大火以前はいずれも茅葺だった。

1893年(明治26年)に再び大火に見舞われたが、梅屋、蔦屋、仙石屋の3軒が復興し、いずれも湯滝、高楼付きの建物に建てなおした。しかし、関東大震災により、3軒とも倒壊した。その後再建され、第二次大戦中は疎開先として使われた。戦後、蔦屋、梅屋、仙石屋が営業を再開したが、その後いずれも閉館した(蔦屋は2006年に別の経営者によって「つたや」として屋号が引き継がれた)。

見所

  • 蛇骨川 – 温泉から析出した白色の無定形珪酸でできた石が蛇の骨のようであることからこの名がついた。川沿いに遊歩道があり、秋は紅葉が楽しめる。
  • 太閤石風呂 – 秀吉の小田原攻めの際、将兵が利用したと伝えられる石風呂。天然の洞窟で、蒸気浴だったとされる。現在は川の対岸から石碑の見学のみ。この故事にちなんで毎年夏に「太閤ひょうたん祭り」が開催され、底倉の太閤石風呂の前で神事をしたのち、宮ノ下の会場で芸能人のショーなどが行なわれる。
  • 新田塚 – 新田義則の墓。蛇骨川横(国道一号線バス停「上底倉」横)の脇道(昔の箱根七湯道)を入り、彫刻の森の裏手にある。
  • 箱根町立郷土資料館 – 底倉蔦屋旅館の沢田家が所有していた『七湯の枝折』(つたや本)を所蔵している。

アクセス

箱根登山電車宮ノ下駅下車徒歩約10分。

所在地神奈川県足柄下郡箱根町
座標北緯35度14分38.5秒 東経139度3分24.5秒
泉質ナトリウム・塩化物泉

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